目次
はじめに
国内取引における債権回収は、弁護士が日常的に受任する案件の一つです。単純な請求訴訟から、担保権実行、保全、倒産手続への対応まで幅広く、事件ごとに最適解を選択することが求められます。本稿では、弁護士が実務で債権回収に取り組む際の戦略的な観点を整理します。
1. 依頼者ニーズと回収コストのバランス
債権回収の本質は「費用対効果」です。訴訟提起や強制執行には費用と時間がかかるため、
- 回収可能性（相手の資産状況）
- 依頼者の回収意欲（取引継続意向や感情的要素）
- 費用負担の見込み（弁護士費用・印紙代・送達費用など）
を総合的に勘案し、戦略を設計する必要があります。
2. 任意回収と早期交渉
- 内容証明郵便の送付は心理的効果が大きく、訴訟前の交渉を有利に進める手段として有効。
- 和解案の提示：分割払いや担保提供を条件に、実効性ある合意をまとめる。
- 取引関係の維持を重視する依頼者に対しては、強硬手段に出る前に「落としどころ」を探る姿勢が必要。
3. 保全手続きの重要性
- 仮差押えは、訴訟勝訴後の実効的回収を確保するために不可欠。
- 特に預金・売掛金・不動産に対する保全は実効性が高い。
- 実務上は、証拠の迅速な収集と、保証金額の算定に注意が必要。
4. 訴訟戦略
- 少額訴訟の活用：60万円以下の案件は迅速に処理でき、依頼者の満足度も高い。
- 通常訴訟：争点整理が長期化しやすいため、早期の証拠収集と訴訟計画が重要。
- 支払督促：コストは低いが、相手方が異議を出すと通常訴訟に移行するため、利用価値を見極める必要がある。
5. 強制執行の実務
- 不動産執行は時間を要するが、額が大きい場合には有力。
- 動産執行はコストパフォーマンスに課題があり、選択は慎重に。
- **債権執行（預金債権・売掛金債権）**は即効性が高く、実務上もっとも多用される手段。
6. 倒産手続への対応
- 破産手続では配当期待が低いため、早期の保全がカギ。
- 民事再生の場合は取引継続のメリットも考慮し、再生計画の可否を検討。
- 私的整理・ADRへの対応も増えており、金融機関との調整力が求められる。
7. 実務上の工夫
- 依頼者との密なコミュニケーション：感情面・経営判断を汲み取り、最適な戦略を提示。
- 回収不能リスクの説明：訴訟提起前に、勝訴＝回収ではないことを明示する。
- 証拠収集の標準化：契約書・請求書・納品書・メールを体系的に整理させ、案件処理の効率化を図る。
まとめ
国内の債権回収実務は、定型的なようでいて、実際には依頼者の事情・相手方の資産状況・訴訟戦略に応じた柔軟な対応が求められます。弁護士としては、「勝てる事件」ではなく「回収できる事件」に仕立てる力が最も重要であり、そのためには保全・交渉・訴訟・執行を一体的に設計する実務感覚が欠かせません
